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(日本100名城)宇和島城へ [四国]

今回ご紹介するのは、(間があいてしまいましたが)3月4日に、松山城に続いて訪れた宇和島
です。
宇和島城は、築城の名人藤堂高虎が慶長元年(1596年)から6年間かけて築いた平山城で、その後
富田氏を経て慶長19年(1614年)に伊達政宗の長男の伊達秀宗が入封。2代藩主の宗利が寛文2年
(1662年)から寛文11年にかけて改修しました。
宇和島城には、寛文6年(1666年)に建てられた天守が現存していますが、櫓や城門は大半が明治期
になって解体され、残っていた大手門も太平洋戦争の際の空襲により焼失してしまいました。
現在は、天守のほか、南登城口から天守に至るまでに7つあった門うちのの1つ、上り立ち門と、
家老屋敷の残っていたものを三之丸跡に移築した桑折氏武家長屋門が当時の建築物として残って
います。


こちらが、三丸側の登城口にある桑折氏武家長屋門です。家老桑折家屋敷地に残されていたもの
を、昭和27年に現在の位置に移築したものです。
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宇和島城址のマップです。今回は、三之丸側の登城口から天守を目指し、帰りは南登城口へと
下ってみました。
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左右にあるのは、三之丸の石垣です。三之丸は市街化が進み、今ではこの石垣しか残って
いません。特に左側の野面積みの石垣は、藤堂高虎による宇和島城創建期の面影を残す、
城内最古級の石垣だそうです。
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長門丸の下の石垣です。左奥が、北角矢倉跡の石垣です。
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藤兵衛丸の西角矢倉跡の石垣。
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長門丸門跡の石垣。
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雷門跡。左に藤兵衛丸があります。
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藤兵衛丸の北角矢倉跡の石垣。
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井戸丸跡にある井戸。周囲に門や矢倉があって、厳重に管理されていたそうです。
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井戸丸門付近の石垣。
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三ノ門跡の石垣。
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三の門付近から見た天守。右は本丸東側の石垣です。
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二の門跡。
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二之丸と本丸との間にあった、一の門(櫛形門)跡の石垣。
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二之丸。
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本丸の御台所跡。
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御鉄砲矢倉跡。
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天守。桜がもう咲いてました。
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三重三階の天守の写真をもう2枚。
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本丸。遠くに、海が望めます。
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代右衛門丸の南角矢倉の石垣。
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色部丸付近の石垣と石段。
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最後に、上り立ち門。国内に現存する薬医門としては最大クラスの規模を誇ります。
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とまぁ、こんな感じで、駆け足で見てきました。
二つの門の近くには、それぞれ時間貸し駐車場がありますが、停められる台数が少なく、この日
は、桑折氏武家長屋門の前の駐車場が満車で、あわてて、上り立ち門近くの駐車場に停めました。
現存天守があるんだし、もう少し、駐車場が充実していると良いですね。

次回は、大洲城です。
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コメント 1

hanamura

やはり四国は、一升飲める体力があるウチに、また行かねば!
海から行くと楽なんですがぁ・・・。鉄道は難しいんだなぁ~!

by hanamura (2017-04-02 04:59) 

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