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(伊勢)亀山城へ [東海]

伊賀上野城の次に向かったのが、三重県亀山市にある亀山城です。

亀山城は、それまであった戦国期の古城を基にして、岡本良勝により天正18年(1590年)に築かれ
ました。本丸、二の丸、三の丸からなり、天守も築かれましたが、その天守は、江戸時代の初めに、
丹波亀山城の天守を解体するように命じられた堀尾忠晴の間違いで取り壊されてしまったそうです。
寛永13年(1636年)、本多俊次が城主となると、亀山城の大改修に着手。東出丸や西三の丸、西の丸
が整備され、その形状が明治時代まで続きました。その際に、天守を失った天守台には、今も現存
する多聞櫓が建てられました。
現在、城址には、多聞櫓と石垣、外堀、二の丸帯曲輪、武家屋敷といった遺構が残っています。
写真は、本丸跡に建つ城址碑です。
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こちらは、本丸の北側にあった三重櫓跡です。
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二の丸跡。二の丸の大部分が小学校の敷地となっていて、ごく一部が城跡として整備されていま
す。この付近に二の丸御殿が建てられていました。
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二の丸帯曲輪跡。土塀が復元されています。
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帯曲輪の土塁。その下にある公園の池はかつての外堀です。
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二の丸の北側の土塁には、わずかながら石垣も見られます。
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二の丸御殿と帯曲輪の間にあった埋門跡。礎石と石垣が残っています。門の上には、二の丸北櫓
があったそうです。
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本丸跡の公園に保存されている蒸気機関車C58 359。昭和19年に製造され、昭和45年に現役を
退きました。
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二の丸と本丸の間にあった楠門跡。
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本丸の多聞櫓。周囲の桜が満開でした。
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多聞櫓の建つ土塁の上の様子です。
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現存する多聞櫓です。
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桜に囲まれた多聞櫓をもう1枚。
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多聞櫓の建つ天守台の石垣。
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桜の花で、よく見えませんが、多聞櫓をさらにもう1枚。
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天守台の本丸側の石垣。
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本丸に残る与助井戸。
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西の丸跡に一部復元されている外堀跡。遺構面を保存するために全体を1mほどかさ上げし、
地面を水面の高さに合わせているそうです。説明がなければ、お城の堀には見えないですね。
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亀山藩家老の屋敷跡の土蔵と長屋門。幕末に建てられたそうです。
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決して、大きな城ではなく、また、遺構も多くはありませんが、貴重な多聞櫓が現存している
ことに加えて、桜が満開だったことから、自分の中では、非常に印象に残りました。

チャンスがあれば、また、桜の季節に訪れてみたいですね。
タグ: 亀山城
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