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山形城 ~日本100名城~ [東北]

本当に今さらですが、8月中旬に訪れた山形城、別名霞城の訪問記です。

その前に、最近、写真を撮りに行く、あるいはBLOGを更新する意欲が妙に減退してしまって
いて、鉄道写真は、8月23日に最後の北斗星を撮って以来、お城はこの山形城に行って以来、
ご無沙汰してしまってます。別に、病んでる訳でもなく、8月23日から先週までの間、東京
ドームには11試合も見に行きましたし、好きでもないゴルフを2回もやりました。
つまり、体調にも問題ないのですが、なぜか、カメラを持って出かけよう、という気分になって
来ないんです。今週末こそ、どっかに行ってみるかな。

とは言え、とりあえず、8月に訪れた、日本100名城の一つ、山形城について書いてみたいと思い
ます。

山形城は、延文元年(1356年)に羽州探題として山形に入部した斯波兼頼が築城したと伝えられ、
現在の城郭は11代城主の最上義光が築いたものが原型になっています。現在の二ノ丸の堀や石垣
は、最上氏改易後、鳥居忠政によって大改修されたと伝えられています。
最上氏の頃は57万石の大大名で、その後も鳥居氏、保科氏と幕府の信頼の厚い大名が配置され、
東北の軍事上の重要な拠点として、山形藩は重要視されましたが、その後は藩としての石高は
徐々に減り、幕末の水野氏の時には5万石の小大名となってしまいました。

そんな山形城の写真をご覧ください。
まず、こちらは二の丸南大手門跡の石垣です。
IMG_0916(1).JPG

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米沢城址 [東北]

これも、8月中旬に米沢に行った時の記事になります。

米沢城は元々は、伊達氏の本拠地でしたが、秀吉の奥州仕置きにより、伊達氏は仙台に移り、
その後は会津若松に入った蒲生氏、上杉氏の支城となります。上杉景勝の時代には、直江兼続
が秀吉の特別なはからいで米沢城主となり、関ケ原の合戦後は、上杉氏の本拠地となりました。
現在の米沢城址の縄張りは、景勝に大改修を命じられた兼続が行い、慶長18年(1613年)輪郭
式の縄張りを持つ城が完成したそうです。当時の城は幕府に対する遠慮から、石垣はなく、堀と
土塁を巡らしただけのシンプルな構造です。加えて、明治になったすべての建物が破却され、
また本丸跡には上杉神社が建てられたため、いわゆるお城らしい雰囲気はあまり残っていません。

こちらは、本丸の東側にある、舞鶴橋です。上杉神社への参道として明治19年に作られた、
アーチ式の石橋です。江戸時代には、米沢城の正面にあたり、木製の太鼓橋が架けられていた
そうです。
IMG_0888-1.JPG

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タグ: 上杉 米沢
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