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三春城址 [東北]

先日、福島県の田村郡にある三春城址に行ってきました。

三春城は永正元年(1504)に田村義顕により築城されたと伝えられ、以後、田村氏、松下氏等の
居城となりました。正保二年(1645年)に秋田俊季が5万5千石で入城し、そのまま秋田氏が
三春藩主の居城として君臨します。別名「舞鶴城」と呼ばれ、また、伊達政宗の正室、愛姫が
生まれた地、としても知られています。

こちらは、18世紀後半に7代藩主秋田倩季により、藩士子弟の教育を目的として設けられた
藩講所(学校)の表門で、倩季の筆による明徳堂の扁額を掲げていることから明徳門とも
呼ばれています。戦後、追手門があった三春小学校入り口に移され、現在は小学校の校門として
利用されています。三春城に関連する唯一の建築物のようです。
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小学校の校庭側から見た、明徳門です。
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波多野城と源実朝公首塚 [関東]

先日、神奈川県秦野市にある波多野城址と、その近くにある源実朝公の首塚に行ってきました。
ここは、知名度はかなり低いと思うのですが、それでも行ってみた理由を先に、書きたいと思い
ます。
実は、「ネットの電話帳」というサイトでは、苗字と地域を入えると、対象地域にお住いの方が
検索できるんです。これを知った私は、ブログのニックネームのとおり、武のつく苗字のため、
武で始まる苗字がどこに多いか、見てみたんです。そこで分かったのが、競馬の武豊さんと同じ
「武」という苗字が、例えば埼玉県には30世帯程度なのに、神奈川県の秦野市だけで60世帯も
あり、更に秦野市寺山、という地域だけで31世帯もある、ということでした。
これは何か由来があるに違いない、と、さらにネットで調べてみると、何と、その起源は鎌倉時代にまで遡ることが分かったんです。
それは承久元年(1219年)、鶴岡八幡宮で若くして非業の死を遂げた三代将軍源実朝公の御首が
行方不明になりましたが、当時三浦郡武村(現在の横須賀市武川)の領主だった武 常晴がその
首を見つけ、波多野氏を頼ってこの地に葬り、そのまま寺山に移り住んだ、という歴史があるんだ
そうです。
それを知り、今回、波多野氏の居城だった波多野城址と、源実朝の首塚を見に行くことにしたん
です。
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岩槻城址 (人形供養祭と鷹狩り行列) [関東]

11月3日、特に出掛ける予定もなかったのですが、天気も良かったので、ぶらっと、岩槻城址に
行ってみました。年に一度のイベントが開催されてるとは知らずに。

まずは、岩槻城の長屋門。城内の位置は明らかではありませんが、廃藩置県とともに撤去され、
埼玉県庁や県知事公舎の正門、岩槻市役所の通用門などに利用された後、1970年にこの場所に
移築されました。
その城門の前にはたくさんの人形たちが。。。
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郡山駅で見たEF81と485系 [鉄道]

ネタが乏しいので、先月、郡山駅に行った際にみた車両たちの写真をご覧ください。

コンデジしか持っていなかったので、あまり綺麗に撮れませんでしたが、行動範囲の狭い
自分にとってはレアな車両を見ることが出来たこともあり、記事にすることにしました。

こちらは、青森車両センター所属のEF81 139です。青森~郡山を往復しているようですが、
私にとっては希少な車両です。
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タグ:郡山 485系 EF81