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家族で東京ディズニーセレブレーションホテルへ [TDR]

12月30日、家族4人で、初めて東京ディズニーセレブレーションホテルに泊まってきました
ので、その感想などを。

我が家ではこれまで毎年、夏休みか12月30日に、ディズニーランドホテルやホテルミラコスタに
泊まって、ディズニーリゾートで2日エンジョイしてきました。この10年だと、2007年、2009年、
2010年、2012年、2015年は12月30日に泊まってます(カウントダウンのある31日の夜ではなく、
その前夜の30日の夜に)。その際は、値段は多少高くなりますが、つかの間の贅沢な気分を味わ
おうということで、専用ラウンジの利用や朝食付きといった特典のある、ディズニーランドホテル
ならコンシュルジュ、ミラコスタならスペチアーレ・ルームに泊まってました。

ところが先月は、いずれのホテルも予約を取れなかったことに加え、6月にオープンしたばかりの
ホテルを1度体験してみかたった、ということもあって、東京セレブレーションホテルに泊まる
ことにしました。

東京セレブレーションホテルは京葉線新浦安駅から、まっすぐ東南に向かう道路を2.2kmほど
進んだあたりの道路の両側にあります。
駅の方から見て、道路の右側にあるのが、夢やファンタジーをテーマにした、東京セレブレー
ションホテル:ウィッシュ、左側にあるのが今回泊まった、冒険や発見がテーマの、東京セレブ
レーションホテル:ディスカバリーです。

写真は、夜の東京セレブレーションホテル:ディスカバリーです。
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成田山初詣臨時列車 [鉄道]

久々に、鉄道に関する記事です。

1月7日、自分にとっては恒例となっている、総武本線四街道~物井間での、成田山初詣臨時列車
の撮影に行ってきました。
この日は年末から続く、穏やかな晴天に恵まれましたが、同じ場所にいたのは、私を含めて3人
だけ。他人のことを気にする必要もなく、1か月ぶりの撮り鉄を楽しんできました。

この日の設定は3列車。まずは、小田原発成田行きの185系B2編成8両で運転された初詣臨。
「団体」の表示でした。
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特別名勝 兼六園へ [北陸]

北陸ツアーの最後は、兼六園です。
兼六園は、江戸時代を代表する池泉回遊式大名庭園で、岡山の後楽園、水戸の偕楽園とともに、
日本3名園の一つと言われています。もともと金沢城の外郭として城に属した庭で、5代藩主前田
綱紀によって、蓮池門の辺り、今の瓢池周辺に造られました。これが兼六園の前身の蓮池庭です。
宝暦9年(1759年)の金沢大火で、蓮池庭も一部焼失し、荒廃しましたが、安永3年(1774年)11代の治脩が翠滝や夕顔亭を、安永5年(1776年)には内橋亭を作り、庭園は一段と眺めが良くなります。
文政5年(1822年)には12代の斉広が千歳台に壮大な竹沢御殿を建て、庭園を回遊式にしました。
この時、斉広から請われた幕府の老中松平定信が「兼六園」と命名したそうです。斉広の死後、
竹沢御殿は取り壊されますが、13代の斉泰が霞が池や永螺山を作り、今見る兼六園の形になりま
した。
廃藩後は一般開放され、大正11年に名勝に指定。昭和60年に特別名勝の指定を受け、今に至って
います。
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日本100名城 金沢城(建築物編) [北陸]

加賀100万石の城、金沢城は、天正8年(1580年)、加賀一向一揆の拠点に佐久間信盛が築いた
ところから、歴史が始まります。天正11年(1583年)には前田利家が金沢に入り、金沢城を近世
城郭へと改修します。天守閣は慶長7年(1602年)、落雷により焼失し、その後再築されません
でした。宝暦9年(1759年)には金沢大火により金沢城も全焼。更には、明治14年(1881年)に
兵営からの失火で二の丸などが全焼し、塁上に建ち並んでいた雄大な櫓群は石川門と三十間長屋
のほかはすべて灰となってしまいました。

ただ、城内に昭和24年に開学した金沢大学が平成7年に移転して以降は、金沢城公園として整備
が進められていて、菱櫓、五十間長屋、橋爪門、河北門などが復元されるなど、かつての姿を
取り戻しつつあります。

まず、これが、以前は金沢城の正門としても利用された「石川門」。櫓と櫓を長屋でつないだ重厚
な枡形門の構造です。左が石川櫓、真ん中が一の門(高麗門)、右が二の門です。
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